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2022年11月8日火曜日

WestExpress銀河に乗ったというお話 その1

 山陰の鉄道開業120周年の記念行事の一環としてWestExpress銀河が特別運行されました。

以前から「いずれ乗れるやろ」と遠い目をしていたのですが、Twitterで特別運行されるという記事を見てダメ元で申し込みをしてみました。

申し込みは開始されていたのでダメかと思ったのですが、行きはグリーン個室、帰りはクシェット、とギリギリ選べる状態でした。

LEDの掲示板にWestExpress銀河の表示が。。

皆さんも書かれているようにWestExpress銀河は旅行商品としての販売ですので、基本的には「団体列車」になるわけで、なら掲示板には「団体」としか表示されませんが、WestExpress銀河はしっかりWestExpress銀河と表示されます。フォントも★入りという凝りよう。JR西日本の入れ込み方がこれでよくわかります。

こっちも

日本旅行さんの案内には入線時間までちゃんと記載されています。団体旅行というか、旅行会社のツアー旅行は生まれて初めてなので、わからないことだらけですが、これって普通なの? マニア向け旅行商品だから? 笑

さぁ、入線してきました。117系7000番台(銀河)

わたし、117系は新快速時代しか知らないので(その後天下りした緑の奴や黄色の奴は知っていますが)、全く別の形式に見えてしまいます。おでこのLEDライトがDF200の7000番台(ななつ星)のマネっぽく見えるのは私だけ?

しっかしLEDライトは明るいですね。直視したら目を悪くしそうです。入線してくるとき、カメラのレンズ越しにはハレーションで何も判りませんでした。



さっそく車内をうろうろ。何回も言いますが117系ですか? これ。


翌朝、一番最初に停車する伯備線の「生山」駅。ライトまぶしすぎ。運転手さんにヘッドライトをロービームにして貰えませんか? と尋ねると「これでもロービームなんです」という答え。


暖色系の車内灯。

昔の夜行列車は電球や蛍光灯などバラバラでした。夜行DC急行は蛍光灯。ブルトレはもちろん蛍光灯。なので、イメージ的に寝台列車といえ蛍光灯なので、暖色系の室内灯は高級列車というイメージを私は持っているのです。最近ではサンライズが暖色系なんですが。


各地で「おもてなし」があるのですが、このサービス、旅行商品じゃなくなっても続くのでしょうか? つづく。



2020年5月14日木曜日

Youtubeチャンネルに「山陰」号のNo.3とNo.4を追加しました

Youtubeチャンネル「鉄道模型工房」に2つのビデオを追加しました。
今回も、鉄道模型とは無関係で申し訳ありません。「山陰」号シリーズの3と最終回4です。

「山陰」号シリーズの3は、録音当時、もっと計画的に録音するべきだったと反省の多い回になっています。今のように、メモリのある限り録音し続けることは当時はできず、カセットテープにアナログで録音するという方法で、テープも長さがA,B両面合わせて30分、45分、60分、120分とこの4種類しかありませんでした。その外にはVHSビデオのテープを利用したデジタル録音もありましたが、素人が出せる金額ではありませんでした。

この音源はカセットの120分テープを使っているのですが、テープの数をもっと持ってゆけばほとんど途切れることなく録音もできたのですが、どれだけテープを持って行ったのかは記憶にありません。

シリーズ3の目玉は、おそらく「余部鉄橋」だったのでしょうね。でも残念ながら、その20分手前でテープが終わってしまっています。普通なら、新しいテープに入れ替えているところですが、余部鉄橋の記憶がないことから、寝落ちしていたのでしょうね。笑


「山陰」号の最終回の目玉は、なんといっても「保津峡」でしょうね。現在の山陰線は複線電化され、亀岡-嵯峨嵐山間は新線に架け替えなおされています。録音当時はもちろん旧線で、元をたどれば西暦1900年、明治33年に京都-園部間を開業させたそのままの線路を走っています。抜けるトンネル、渡る鉄橋の全てが明治時代の鉄道遺産で、現在では嵯峨の観光鉄道がトロッコ列車を走らせ、当時の遺産を巡ることができます。
ビデオシリーズ「山陰」号もそんな鉄道遺産を皆様の頭の中で再現できるよう、それぞれのトンネルや、鉄橋を字幕でおしらせさせていただいています。

どうぞ、地図を片手に、ビデオを見ながら、バーチャルトリップをお楽しみください。たの回もどうぞご覧ください。地図のおすすめは国土地理院の地図です。抜けているところもありますが、トンネル名称がある程度記載されています。

2020年5月6日水曜日

各駅停車「山陰」という夜行各停があったという話




むかしのことはあまりよく覚えていません。
幼稚園、小学校、中学校、高校と、記憶は断片的。
ここ20年ほどの記憶は時系列でよく覚えているのに。

実家へ帰り、昔撮影した写真、録音した音源など、劣化しないうちにデジタル化しようと模型製作の合間に頑張っています。

そんな中に、各駅停車「山陰」と書かれた120分テープが2本出てきました。
これはいつ録音したものなのかという記憶は「高校~社会人1年の間の夏である」というあいまいな記憶と、出雲市で昭和天皇が来て食べた蕎麦屋でそばを食べたこと、車内で年下の男の子とよく話していたこと、という断片的な記憶のみ。そこまでどうやって行ったのか、何が目的で出雲へ行ったのかすら思う出せませんでした。

ポジフィルムを整理していた時、それらしき写真が5点出てきました。写真はあれど、撮影した記憶はありません。いつ撮影したものなのかすら思い出せない。

島根県出雲市の日の入りは1982年8月21日で06:51:51 PM、23日で06:49:20 PM。次回編集する音声データに「会社帰りの女性」が乗車していることから平日と思われ、この出雲市での「山陰」の光の具合から日没後10分以内であることが推察できる。
1982年8月の時刻表からは「山陰」の発車時刻は19時23分。写真はこの5~10分前の時間帯になるだろうから、おそらく8月23日から数日の間であった可能性が高い。

DD51 1111号(米)撮影時刻は19時頃。後位にスハフ42-223(米イモ)


2両目はこのスハ43-315(米イモ)録音は恐らくこの車両の後ろから2つ目のボックスの進行方向左側(海側)でした記憶がうっすら浮かんできました。先の写真から、先頭車は青、次位はぶどうである事が見て取れます。

先日、当時旅行した時に必ずもらっていた切符がある事は覚えていたのですが、その中に「それらしき周遊券」が出てきました。「山口・秋芳洞周遊券」日付は57年8月21日、天王寺駅発行。途中下車の印鑑は「呉」。何を目的にして「呉」で降りたのかなんて覚えていませんし、なぜ「山口・秋芳洞」のミニ周遊券を使ったのかすら覚えていません。




そのうち整理が進むと、記憶につながる何かが見つけられればいいですが。
今まで不明だった各駅停車「山陰」に乗車した日付が8月21日から1週間以内であるという
ところまで絞ることができました。

山陰線は、伯備線の電化完了時にダイヤ改正しています。1982年7月と8月の時刻は違います。出雲の出発時刻は19:23分なので1982年8月であることは違いなく、周遊券の日付がそれを証明してくれました。DD51の1111号機の運用が解れば、かなりドンピシャな日付が解るんじゃないかなぁと思っていますが、そういう資料はどこにあるのか教えてください。



「あこうホームページ」というサイトに、1982年8月14日の827ㇾの編成表が記載されています。スハ43-315は同じですが、ハネは私の乗車した日はオハネフ12-4号ですが、サイトに掲載されている編成ではオハネフ12-14となっています。

そういったイロイロな情報をかき集めて、いままで曖昧だらけでYoutubeに公開していた音源データに少し情報を加えて再編集してみました。


「鉄道模型工房」というチャンネルを立ち上げました。「山陰」の音源もここで公開しています。このチャンネルは今まで静止画ばかりだった模型製作の情報を「動画」でも情報発信して行こうと考えました。鉄道模型製作の情報を発信できる場所になればと思っています。興味があればお聞きください。できればチャンネル登録もお願いします。

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